こんにちは。Shoyoです。今日は一日の大切さについて述べていく。最近、時間を大切にすることの意味について改めて考える機会があった。
クリスマスという「イベント」
クリスマスシーズンに恵比寿ガーデンプレイスを訪れた時のことだ。普段は落ち着いた雰囲気が漂う場所だが、この時期だけはまるで別世界のように活気づいていた。入り口には巨大なクリスマスツリーがそびえ立ち、その奥には圧倒的な存在感を放つ巨大なシャンデリアが展示されていた。イルミネーションが一面に広がり、光に包まれた空間には多くの人が集まり、写真を撮ったり、ゆっくりと歩きながら雰囲気を楽しんでいた。
その光景を眺めながら、なぜ人は季節のイベントにこれほど惹かれるのだろうと考えていた。普段は静かな場所に人が集まり、皆が同じ方向を見て、同じ空気を共有している。そこには単なる「イベント以上の何か」があるように思えた。
おそらく、人は季節感を大切にしたいという思いを本能的に持っているのだろう。クリスマスは一年に一度しか訪れない。もし100年生きたとしても、経験できるクリスマスは100回だけだ。数字にしてしまえば単純だが、そう考えると一つひとつのイベントがとても貴重に思えてくる。だからこそ、人は無意識のうちに特別な思いを抱き、限られた時間を味わおうとするのかもしれない。
毎日を「イベント」同様に大切にできるか
しかし、よく考えてみれば、貴重なのはクリスマスだけではない。何気なく過ぎていく一日一日も、同じように二度と戻らない大切な時間だ。今日という日は、明日には過去になる。そう考えると、特別なイベントだけでなく、日常の一瞬一瞬も大切にしなければならないと痛感する。
一人で過ごす日もあれば、友人や恋人、家族と過ごす日もある。それぞれの時間には、それぞれの価値がある。誰と過ごすか、どこで過ごすか、何をするかは日によって違うが、そのどれもが「その日だけの時間」である。だからこそ、どんな日であっても思い出に残る一日になるように、全力で過ごしたいと思う。
時間は目に見えないし、触れることもできない。しかし確実に流れ続け、戻ることはない。だからこそ、時間の価値は本来とても重いはずだ。けれど、私たちは日常の忙しさに追われると、その価値を忘れてしまいがちだ。スマートフォンを眺めているうちに一時間が過ぎていたり、なんとなくテレビを見ているうちに夜になっていたりする。気づけば「今日も何もしなかった」と後悔する日もある。
もちろん、休む時間やぼんやりする時間も必要だ。しかし、ただ流されるように時間を使うのではなく、自分の意思で時間を選び取りたい。誰かと過ごす時間も、自分と向き合う時間も、仕事に集中する時間も、すべてが有限だ。その有限さを意識するだけで、時間の使い方は大きく変わる。
まとめ
恵比寿ガーデンプレイスで見たイルミネーションは、まさに「限られた時間だからこそ輝くもの」だった。クリスマスが一年中続いていたら、あの光景に心を動かされることはないだろう。限られた期間だからこそ、人はその瞬間を大切にしようとする。時間の価値とは、個人が決めることだと思う。
日常も同じだ。特別なイベントがなくても、今日という日は今日しかない。だからこそ、毎日を丁寧に過ごしたい。誰かと過ごすなら、その人との時間を大切にしたい。一人で過ごすなら、自分の心が満たされるような時間にしたい。どんな日であっても、「今日を大切にできた」と思えるように生きたい。
時間を大切にするとは、特別なことをすることではない。目の前の一日を、目の前の人を、そして自分自身を大切にすることだ。季節のイベントに心が動くのは、私たちが本来「時間の尊さ」を知っているからなのかもしれない。だからこそ、日常の中でもその感覚を忘れずにいたい。今日という一日を、丁寧に積み重ねていきたい。
【今日のススミ】日本ではクリスマスを恋人と過ごすことが多く、恋人がいない人にとっては少し悲観的になりやすい季節とも言える。私自身も、人生の半分以上は家族か一人でクリスマスを過ごし、街中のカップルを羨ましく思ったことが何度もあった。
しかし今振り返ると、他人と比べて落ち込むよりも、自分がクリスマスをどう過ごしたいかにもっと意識を向けるべきだったと感じている。誰と過ごすか、どんな豪華な食事をするかといった外側の要素に振り回される必要はない。大切なのは、自分自身が「楽しかった」と心から思える時間を過ごすことだ。
これからは、いつか大切な人ができた時に「こんなクリスマスを過ごしてきた」と楽しく語れるような、自分らしいクリスマスを自分の手でつくっていきましょう。



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