こんにちは、Shoyoです。今回は先日参加した神奈川マラソンで感じた事を紹介する。
2月1日、神奈川マラソンのハーフに出場した。冬の澄んだ空気の中、会場に向かう足取りは軽いようで、どこか緊張も混じっていた。レース前の独特の高揚感と不安が入り混じるあの感覚は、何度経験しても慣れることがない。そんな気持ちを抱えながらスタート地点へ向かう途中、すでに別枠で行われていたスペシャルセッションのゴールが目前であった。
スペシャルセッションはハーフマラソンの自己ベスト1時間20分切りのエリートランナーだけが参加できる特別枠だ。箱根駅伝常連校の選手たちが多く出場しており、一般ランナーとはまったく別次元のスピードで駆け抜けていく。私は準備運動をしながら何となくで眺めていたが、その光景は想像以上に胸を打つものがあった。
次々とゴールしていく選手たちは息を切らしながらも仲間と抱き合い、笑顔を見せ、時には悔し涙を流していた。勝負に挑んだ者だけが見せる表情は、どれも真剣で美しかった。特に先頭でゴールした選手はゴールテープを切ったあと、私たち観衆に向けて深々とお辞儀をしていた。その姿を見た瞬間、胸の奥が強く震えた。勝者の余裕ではなく応援してもらったこと、走らせてもらったことへの感謝が滲み出ているようで思わず息を呑んだ。
その光景を見ながら、私は「もう戻ってこない時間」について考えていた。彼らが全力で走り、仲間と喜びを分かち合い、悔しさを噛みしめる瞬間は青春そのものだ。私にもかつて似たような時間があったはずだが、社会人になった今ではあの頃のように毎日を全力で駆け抜けることは少なくなった。戻りたいと思っても戻れない。時間は残酷にも一方向にしか進まない。だからこそ、今をどう生きるかが大切なのだと強く感じた。彼らの姿は過去に戻れない寂しさではなく、「今を生きることの尊さ」を私に突きつけてきた。青春はもう戻らないが、今この瞬間を全力で生きることはできる。年齢や立場に関係なく目の前のことに本気で向き合えば、確かに“今の青春”が生まれるのだと思った。今を全力で生きましょう。
【今日のススミ】
選手から感動をもらったのも束の間、私のスタート時間が近づいてきた。スペシャルセッションの余韻を引きずりながらスタートラインに立つと、さっきまでとは違う感情が湧き上がってきた。単に完走を目指すだけではなく、「今この瞬間をしっかり味わおう」という気持ちだ。走れることに感謝し、挑戦できる環境があることも当たり前ではない。そう思うと、自然と背筋が伸びた。号砲が鳴り、ランナーたちが一斉に走り出す。序盤は身体が軽く、気持ちよくペースに乗れた。沿道の応援も温かく、足取りが自然と前へ進む。
中盤に差し掛かると少しずつ疲労が出てきたが、ふと先ほどのエリートランナーたちの姿が頭に浮かんだ。彼らの全力の走り、仲間と分かち合う喜び、そして観衆に向けたお辞儀。あの姿を思い出すと、不思議と力が湧いてきた。
「自分も今を全力で走ろう」
そう心の中でつぶやきながら、最後の直線を踏みしめた。ゴールした瞬間、達成感と疲労が一気に押し寄せてきたが、それ以上に「今を生きた」という実感が胸に広がった。タイムがどうだったかよりも、今日という日をしっかり味わえたことが嬉しかった。レース後、クールダウンをしながら空を見上げると、冬の青空が広がっていた。あのエリートランナーたちの姿を見なければ、私は今日をただのレースとして終えていたかもしれない。しかし、彼らの姿が私の心に火をつけてくれた。過去には戻れないけれど、今を全力で生きることはできる。むしろ、それこそが大人になった私たちに残された選択だと思う。
これからの日々も、今日のように「今」を大切にしていきたい。走ることだけでなく、仕事も、趣味も、人との時間も、すべての瞬間を丁寧に味わいながら生きていきたい。未来に向けてできることは“今をどう生きるか”に尽きるのだと、改めて感じた一日だった。


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